banner

高麗人参は、いつ日本に伝わったの?

高麗人参の原産地は、今の中国と北朝鮮の国境にある長白山山脈一帯です。

昔、高麗で取れたので、高麗人参と呼ばれています。
その後、朝鮮人参、オタネニンジン、薬用ニンジンと、時代時代によって、呼び名が変わってきました。
高麗人参か、初めて日本に伝わったのが、8世紀 聖武天皇のころです。

渤海の文王が聖武天皇に高麗人参を30斤贈ったということが、そのころの史に記されています。
また、そのころに建てられた正倉院に、このとき、贈られてきた高麗人参が保存されています。

江戸時代にはいると、朝鮮半島から贈り物として、高麗人参が贈られてきました。
お礼として、日本からは、銀を朝鮮半島に贈りました。
当時は、国交贈品として高麗人参が、朝鮮半島から日本に伝わりました。

当時から、高麗人参は、高級品で一般市民が今のように、買えるものではありませんでした。
その当時の一番高級なものといえば、中国産の生糸でした。
その次に高級な輸入品が朝鮮の高麗人参でした。

日本の幕府はそのお礼として、純度80%の銀を特別に注文したほどでした。

京都でつくられた銀貨は、日本の対馬を経て、朝鮮に渡り、朝鮮から中国へと流通していきました。
その銀貨が国内で、使用されることはありませんでした。
特注の高純度の銀貨でした。

高麗人参が始めて日本に送られてきたのと同時に 高麗人参の種子も日本に持ち込まれました。
八代目将軍の徳川吉宗の江戸中期に、日光にあった幕府の薬草園で、高麗人参の人工栽培に成功しました。
そして、日本各地の大名に、高麗人参の「御酒」を分け与えました。
そのことから「御酒人参(オタネニンジン)」と呼ばれました。

それから、日本各地で栽培されましたが、種子の栽培に成功した県はごく限られました。
長野県・福島県の会津盆地・島根県大根島・北海道の一部のみでした。今現在もその地域だけで、高麗人参が栽培されています。
自生していた天然の山参もありましたが、ごく少数、分布しているだけでした。

Copyright(c) 2013 Korai Ninjin Mitsuketai. All Rights Reserved.